「みんな」持ってるから持たないと
「みんな」やってるからやらないと
「みんな」が言ってるから正しいかも
そう思ったりしたこと、ありませんか?
「みんな」がやってることから、はみ出るのは怖いですよね。
もしかするといじめられたりするかも・・とか変な人と思われたりするかも・・とか。
「みんな」があの子嫌いって言ってるから、私も避けておこう
もしかすると、そうやって、いじめって始まったりするのかもしれませんね。
学校時代は、1~2歳差の子供たちが集められて、同質な文化の中で過ごす特殊な時間で、大学時代でさえも、おそらく1~5歳くらい差の若者たちだけで過ごし、あまりいろいろな世代と触れ合うことはないのかもしれません。
でも社会に出ると、20代から60代、70代の人と同じ職場で過ごしたり、幅広い顧客とお話したり、さまざまな立場の人と接したりして、同年代の価値観だけでは過ごせなくなったりしますね。会社内の価値観の共有という意味で、同質かもしれませんが。
流動性のない社会は、寛容性もあまりなく、皆ストレスと戦っていたりして、
何かのきっかけで、大っぴらにたたいていいような人を見つけると、
殺すくらいの勢いで批判したりしますね。
「みんな」叩いてるから。
でも、その「みんな」って、誰のことでしょうか?
SNSなどでつながっている人達ですか?
クラスで一緒に過ごしている数人の友達ですか?
家族親戚ですか?
その町内会、子供会の構成メンバーの人ですか?
もしもその「みんな」が言っていること、やっていることを見聞きして、
嫌だな、とか違うな、とか思ったら、
正しいと思えないと感じたなら、
その「みんな」じゃない別の場所にいる誰かに、「みんな」こう言ってるけど、どう思う?って聞いてみたらいいかもしれません。
自分の意思や、自我がまだあやふやなときに、「みんな」そうだからって、物事を決めると、後悔することがあったりするから。
絶対正しい価値観なんてないけれど、自分の心の声って、結構無視できなかったりするものだと思うのです。
自分に嘘をつき続けるということは、知らないうちに心にかなりの負荷がかかり、
後になって後悔することになるかもしれないから。
タイタニックのような豪華客船が沈みかけていて、ボートも足りず乗客は早く海に飛び込まないといけない、といった場面に、どう声をかけたらいいか、という国別の特徴を表すパロディがあります。
アメリカ人には、「飛び込んだらヒーローになれますよ」
イギリス人には、「紳士は飛び込むものですよね」
イタリア人には、「今美女が飛び込みましたよ」
そして日本人には、「みんな飛び込んでいますよ」 だそうです。
「みんな」って誰の事でしょうね。
お読みいただきありがとうございました^^